2019年10月25日
第25回 四万十川ウルトラマラソン(後編)
10/20に挑戦した、第25回 四万十川ウルトラマラソンの後編です。(前編はこちら
)
60kmまで爽快に走っていたhero!
61.5km地点は、レストステーションで大エイドがあり、預けていた荷物が受け取れる場所。
ここでは、タイムロスする可能性もあったことから荷物は受け取らないでおこうかと思っていたが、向かっている途中にゼッケンを見て、番号を荷物置き場に無線で伝え、着いたらすぐ渡せるシステムになっていたので、ロス0で手渡されたため、この配慮に感動しながら受け取る!!
その中から、アミノバイタル大だけを取り出し、すぐに荷物を返し、アミノバイタルを食す!!
しかし、少し気持ち悪く感じ、1/3ほど食して捨ててしまった!
実は、序盤走りながらの給水に失敗し、アクエリを思って取ったコップはコーラ。今度こそアクエリを取ったら、1mmぐらいしか入っておらず、結局またコーラと、序盤からコーラを飲んでいたら、予想通り少し気持ち悪くなり、更には結構前の方を走っていたので、たまにだいぶん前から入れておいた温い外れアクエリを取ることがあり、アクエリも少しずつ受け付けなくなっていた!
なので、アミノバイタルのような如何にも、化学調味料系の味が受け付けにくくなっており、レストステーションで配られた、アミノバイタル小は、要らないと思ったが、念のためポケットに入れて携帯した。
70km過ぎにある大橋は、渡ってちょっと行ったらすぐに折り返しの距離調整用の感がある場所で、疲労も見えてきていることから少しイラっとすることもあった

そしてこの後からは、我慢の走りとなり、写真のとる余裕は無くなった・・・・ (文字ばかりのつまらないブログになってスミマセン
)
それでも、80kmも通過。貯金はまだ11分ぐらいあった
足の方は、だいぶんピクピクしていたが、今までの経験上、きつい所ではペースを落とし、少しずつ貯金を切り崩せば、残り20kmは行けると踏んでいたが、85km過ぎから明らかにおかしくなり減速・・・
そして、87km手前の第6関門上で、両足のふくらはぎ筋とスネ筋どちらも動かなくなり足首が曲げれなくなって止まってしまった・・・
しばらく立ち尽くして回復を待っていると、関門に居る競技委員の方が優しく「こちらの日陰へどうぞ。」と言ってくれたがほとんど動けず。
なんとか、日陰に入り競技は続けることは告げ、何とか動けることは確認し足を引きずりながら10m先のエイドに着いた。
ここで、被り水を何度も両足にかけアイシングして、痙攣した足を回復させる。
更に、ちゃんとスポドリや塩などミネラルを取り、そして持参していたクエン酸ドリンクの素を使い、ボランティアの人に協力してもらいながらドリンクを作り回復を図る。
そして、なんとか歩けるようになったので、再びスタート!
過去、清流マラソンや、黒部マラソンなどで、痙攣して動けなくなってから、足が還ってきて復活した経験はあったので、今回も我慢して粘れば、それはあると信じて歩く。
そしてたまに確認に走り出すが、やはり厳しい・・・
今回は一向に還ってこず、ここまで来てサブ10断念かと思うと、悔しくて、悲しくて「還ってこい!還ってこい!」と足を叩きながら、もがき歩いた。
途中、疲弊しきっている私を心配して、ボランティアの方が塩飴をくれたり、塩タブレットを分けてくれたりと、感謝しても感謝しきれないくらいのサポートを受けた
ただ、このサポートで腹をくくることが出来、時計を見ながら残り距離と時間を計算して歩く。
最後の望みにと、レストステーションで貰ったアミノバイタル小を食べ、痛み止めのロキソニンを飲んで痙攣の痛みをごまかすようにした。
こうなると、もう何も食べれなくなる可能性があるが、残り距離は補給なしで進む掛けに
そして、ちょうど88km地点で、サブ10まで残り1時間12分となり、6分/kmペースで行けば、サブ10になるので、ここからまた走り出した!!
当然、足はいつ再痙攣してもおかしくないので、最初の1kmは6分半/kmぐらい。
でも、走れたので焦らずに徐々にペースを上げると、2kmほど走ったところで、足が戻ってきた。
そして、ここからは必死で、足が壊れてもいいと、もがきながら進むごとに、タイムはV字回復して、貯金が出来ていく!!
でも、残り2kmに急坂があり、そこで何分貯金を切り崩すかわからないので、油断せずに必死に走る!!!
そして、98kmの急坂もそのままの勢いで通過!
すると、後は下りで、ここから沿道の声援が凄くなった
その声援を受けると、目頭が熱くなったが、まだ終わっていないので、必死に走りながら「ありがとう!」と応え、ヴィクトリーロードを走り、ゴールとなる中学校に入り、アナウンスで名前が呼ばれると、雄たけびを上げながらフィニッシュテープを切った!

タイムは、9時間57分のサブ10

ついに、念願の目標を達成した喜びで涙
更には、ゴール後の地元中学生のおもてなしが素晴らしくてまた涙
余韻に浸り休んでいる間にも、途中の苦しみやサポートを思い出して、また涙
本当にやり切れたレースでした♪
ゴール後は、ゆっくり着替えてから、同志たちのゴールを見届ける!

みんな、いい顔で戻ってくるので、嬉しくなりました!
この後、本当は制限時間まで見届け、最後の花火を観たかったが、まだ何時間もあることから、折角 高知に来たのだから、観光もしようと、明るい内に会場を後にしました

四万十川ウルトラマラソンは、25回目と結構古くからあるウルトラマラソンで、公認コースでもあることから、どちらかというと競技性が高く、エイドの給食などは、パン、バナナ、梅干しなど、ありきたりのモノばかりでした。
そういった意味では、南砺ウルトラや、高山ウルトラのような、食のおもてなし感は少なかったが、ボランティアの熱意は素晴らしかった!
最初のきつい峠や、終盤の一番きつい所には等間隔にボランティアスタッフを配置し、励ましてくれる
給水も、終盤は中学生の子らが手渡ししてくれるので、走りながら「水2個!」と言って、走った勢いそのまま水を受け取るので、多分体にはこぼれた水が掛かっていたが、「頑張ってください!」と笑顔で送ってくれた♪
ゴール後の、リカバリードリンクの配布や、氷嚢を足に当ててくれたりと、感動そのものだった♪
そして夜は、一人祝勝会

の、つもりが店のスタッフの人と盛り上がり、楽しい夜会となった!!
とても楽しく濃く長い1日でしたとさ♪

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60kmまで爽快に走っていたhero!
61.5km地点は、レストステーションで大エイドがあり、預けていた荷物が受け取れる場所。
ここでは、タイムロスする可能性もあったことから荷物は受け取らないでおこうかと思っていたが、向かっている途中にゼッケンを見て、番号を荷物置き場に無線で伝え、着いたらすぐ渡せるシステムになっていたので、ロス0で手渡されたため、この配慮に感動しながら受け取る!!
その中から、アミノバイタル大だけを取り出し、すぐに荷物を返し、アミノバイタルを食す!!
しかし、少し気持ち悪く感じ、1/3ほど食して捨ててしまった!
実は、序盤走りながらの給水に失敗し、アクエリを思って取ったコップはコーラ。今度こそアクエリを取ったら、1mmぐらいしか入っておらず、結局またコーラと、序盤からコーラを飲んでいたら、予想通り少し気持ち悪くなり、更には結構前の方を走っていたので、たまにだいぶん前から入れておいた温い外れアクエリを取ることがあり、アクエリも少しずつ受け付けなくなっていた!
なので、アミノバイタルのような如何にも、化学調味料系の味が受け付けにくくなっており、レストステーションで配られた、アミノバイタル小は、要らないと思ったが、念のためポケットに入れて携帯した。
70km過ぎにある大橋は、渡ってちょっと行ったらすぐに折り返しの距離調整用の感がある場所で、疲労も見えてきていることから少しイラっとすることもあった

そしてこの後からは、我慢の走りとなり、写真のとる余裕は無くなった・・・・ (文字ばかりのつまらないブログになってスミマセン

それでも、80kmも通過。貯金はまだ11分ぐらいあった

足の方は、だいぶんピクピクしていたが、今までの経験上、きつい所ではペースを落とし、少しずつ貯金を切り崩せば、残り20kmは行けると踏んでいたが、85km過ぎから明らかにおかしくなり減速・・・
そして、87km手前の第6関門上で、両足のふくらはぎ筋とスネ筋どちらも動かなくなり足首が曲げれなくなって止まってしまった・・・
しばらく立ち尽くして回復を待っていると、関門に居る競技委員の方が優しく「こちらの日陰へどうぞ。」と言ってくれたがほとんど動けず。
なんとか、日陰に入り競技は続けることは告げ、何とか動けることは確認し足を引きずりながら10m先のエイドに着いた。
ここで、被り水を何度も両足にかけアイシングして、痙攣した足を回復させる。
更に、ちゃんとスポドリや塩などミネラルを取り、そして持参していたクエン酸ドリンクの素を使い、ボランティアの人に協力してもらいながらドリンクを作り回復を図る。
そして、なんとか歩けるようになったので、再びスタート!
過去、清流マラソンや、黒部マラソンなどで、痙攣して動けなくなってから、足が還ってきて復活した経験はあったので、今回も我慢して粘れば、それはあると信じて歩く。
そしてたまに確認に走り出すが、やはり厳しい・・・

今回は一向に還ってこず、ここまで来てサブ10断念かと思うと、悔しくて、悲しくて「還ってこい!還ってこい!」と足を叩きながら、もがき歩いた。
途中、疲弊しきっている私を心配して、ボランティアの方が塩飴をくれたり、塩タブレットを分けてくれたりと、感謝しても感謝しきれないくらいのサポートを受けた

ただ、このサポートで腹をくくることが出来、時計を見ながら残り距離と時間を計算して歩く。
最後の望みにと、レストステーションで貰ったアミノバイタル小を食べ、痛み止めのロキソニンを飲んで痙攣の痛みをごまかすようにした。
こうなると、もう何も食べれなくなる可能性があるが、残り距離は補給なしで進む掛けに

そして、ちょうど88km地点で、サブ10まで残り1時間12分となり、6分/kmペースで行けば、サブ10になるので、ここからまた走り出した!!
当然、足はいつ再痙攣してもおかしくないので、最初の1kmは6分半/kmぐらい。
でも、走れたので焦らずに徐々にペースを上げると、2kmほど走ったところで、足が戻ってきた。
そして、ここからは必死で、足が壊れてもいいと、もがきながら進むごとに、タイムはV字回復して、貯金が出来ていく!!
でも、残り2kmに急坂があり、そこで何分貯金を切り崩すかわからないので、油断せずに必死に走る!!!
そして、98kmの急坂もそのままの勢いで通過!
すると、後は下りで、ここから沿道の声援が凄くなった

その声援を受けると、目頭が熱くなったが、まだ終わっていないので、必死に走りながら「ありがとう!」と応え、ヴィクトリーロードを走り、ゴールとなる中学校に入り、アナウンスで名前が呼ばれると、雄たけびを上げながらフィニッシュテープを切った!
タイムは、9時間57分のサブ10
ついに、念願の目標を達成した喜びで涙

更には、ゴール後の地元中学生のおもてなしが素晴らしくてまた涙

余韻に浸り休んでいる間にも、途中の苦しみやサポートを思い出して、また涙

本当にやり切れたレースでした♪
ゴール後は、ゆっくり着替えてから、同志たちのゴールを見届ける!
みんな、いい顔で戻ってくるので、嬉しくなりました!
この後、本当は制限時間まで見届け、最後の花火を観たかったが、まだ何時間もあることから、折角 高知に来たのだから、観光もしようと、明るい内に会場を後にしました

四万十川ウルトラマラソンは、25回目と結構古くからあるウルトラマラソンで、公認コースでもあることから、どちらかというと競技性が高く、エイドの給食などは、パン、バナナ、梅干しなど、ありきたりのモノばかりでした。
そういった意味では、南砺ウルトラや、高山ウルトラのような、食のおもてなし感は少なかったが、ボランティアの熱意は素晴らしかった!
最初のきつい峠や、終盤の一番きつい所には等間隔にボランティアスタッフを配置し、励ましてくれる

給水も、終盤は中学生の子らが手渡ししてくれるので、走りながら「水2個!」と言って、走った勢いそのまま水を受け取るので、多分体にはこぼれた水が掛かっていたが、「頑張ってください!」と笑顔で送ってくれた♪
ゴール後の、リカバリードリンクの配布や、氷嚢を足に当ててくれたりと、感動そのものだった♪
そして夜は、一人祝勝会

の、つもりが店のスタッフの人と盛り上がり、楽しい夜会となった!!
とても楽しく濃く長い1日でしたとさ♪

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